東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1190号 判決 1959年10月16日
永代信用組合
第一銀行
事実
控訴人(一審原告、敗訴)富士紙業株式会社は訴外丸二商事株式会社が昭和二十八年八月四日控訴人宛振り出し、被控訴人永代信用組合がこれに手形保証とした金額七百二十万円の為替手形一通を所持するものである。ところで控訴人はこれを何れも取立委任裏書により訴外大月和男に、大月は訴外株式会社第一銀行に順次譲渡し、同訴外銀行は満期にこれを支払場所に呈示して支払を求めたが、拒絶されたので、被控訴組合に対し右手形金とこれに対する支払済までの利息の支払を求める、と主張した。
被控訴人永代信用組合は同組合が手形保証をしたとの控訴人主張の事実を否認し、仮りにそのような事実があつたとしても、被控訴組合は控訴人に対して次のような悪意の抗弁を以て対抗する。すなわち控訴人及び訴外丸二商事株式会社は被控訴組合に対し多額の手形上の債務を負担しているが、本件手形は右両名においてその債務を免れんがために作成し、これについて被控訴組合が保証すべき何らの理由もないのに被控訴組合足立支店長安島富治において記名捺印をしたものであり、控訴人は本件手形の悪意の所持人であるから、被控訴人はこの悪意を主張して本件手形金の支払を拒絶する、と抗争した。
理由
証拠を総合すれば、本件為替手形の引受欄に被控訴人永代信用組合足立支店長安島富治が記名捺印するに至つた経過は次のとおりであることが認められる。
すなわち、昭和二十八年八月頃訴外丸二商事株式会社は被控訴組合足立支店長安島富治から融資を受けていてその債務は百万円を超える金額となり、その弁済を迫られていたが容易に支払うことができず、被控訴組合足立支店長安島富治はその取立に苦慮していたが、訴外丸二商事株式会社代表取締役柳沢義春から、右債務を弁済するため同訴外会社振出の為替手形により他から金融を受ける便宜上、右為替手形に安島が被控訴組合足立支店の支店長として記名押印することを求められた。しかし、他人の振り出した為替手形に被控訴組合の支店長が引受乃至保証をするような権限は与えられておらず、支店長の権限外であつたが、安島は右訴外会社に対する債権取立に焦慮するあまり、右柳沢の要求を容れ、安島の記名押印が権限外であつて、被控訴組合に対して何らの効力もない旨を告げた上、柳沢が作成した本件為替手形、すなわち、丸二商事株式会社代表取締役振出名義の振出日昭和二十八年八月四日、支払人同訴外会社、支払場所被控訴組合足立支店、金額、満期及び受取人白地の為替手形の引受欄に、被控訴組合足立支店支店長名義の記名押印をした。柳沢はこれを、かねてから金融上密接な関係にあり右足立支店とも取引のあつた控訴会社代表者西村勝郎に交付して預け、金策を依頼したのであるが、西村もまたその交付を受ける際安島から右記名押印の権限がなく、また、保証責任を負担するものでないことを告げられて熟知していた。ところが、右手形による金策ができないうちに安島は支店長を罷免せられ、柳沢は被控訴組合足立支店から従来のような便宜を与えられなくなり、その債務の弁済も急を要するに至つたので、西村と相謀り、右手形を悪用し、西村は柳沢から金策のため本件手形を預つたものではなく、却つて、金七百五万円(現金百五十五万円、債権負担金五百五十万円)を出捐して本件手形を取得したもののように仮装し、被控訴人に対してその手形金を請求しようと企て、架空の約束手形金額合計五百五十万円と虚偽の金額五百六十五万円の領収証を作成して丸二商事株式会社が控訴会社に同額の債務を負担しているように仮装し、別に百五十五万円の虚偽の領収書をも作成し、一方本件為替手形中の空白の個所に金額を七百二十万円、満期を昭和二十八年十月二日、受取人を控訴会社と補充し、あたかも控訴会社は、右手形を一部は丸二商事株式会社に対する金五百五十万円乃至五百六十五万円の債権の弁済に当て、一部は百五十五万円の現金の支払により本件為替手形を受取人として取得したかのような形を整えた上、被控訴組合に対し右手形金支払の請求をするに至つたものである。
以上のように認められるところ、右認定事実によれば、本件手形は、はじめ柳沢の金策のために作成せられ、後に架空の債権の取立のために悪用されたのであつて、訴外丸二商事株式会社代表者柳沢も、控訴会社代表者西村も、初めから被控訴組合が同人等に対しては本件手形に関し、手形保証その他何ら手形上の責任を負担しないことを承認していたものであることが明らかである。従つて、控訴会社は被控訴組合に対し手形保証人としての支払を求め得ないのは勿論、安島に誤信せしめられたことも、損害を受けたこともないのであるから、控訴人主張のような使用者に対する損害賠償請求権をも有しないことはいうを俟たない。
よつて被控訴組合足立支店長安島富治が本件為替手形の引受欄に支店長として記名捺印したことが手形保証の効力があるか、同支店長は手形保証をする代理権があつたか、また、被控訴組合は手形保証をする能力があつたかどうかなど、右に認定した以外の争点については、控訴人の本訴請求を排斥する右の結論には影響がないので、それらに対する判断を省略する。
よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は極当であり、本件控訴は理由がないとしてこれを棄却した。